石井筆子さんのお言葉
いばら路(じ)と知りてささげし身にしあれば
いかで撓(たわ)まん撓むべきかは
石井筆子
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明治中期、“鹿鳴館の華”“日本で最も聡明な女性”と言われた石井筆子。
才色兼備だった彼女が、障害児を産んだことにより人生が一変、新聞には「美人笑中に泣く、憐れなり」と書き立てられ、苦難の人生を歩むことになります。
しかしその苦難や蔑みの中、地位も名誉も財産も捨て、一途に、そして毅然と障害児たちの喜びのためだけに人生を捧げきった彼女に、私は強く惹かれるのです。
平成の今、彼女が残したものと同様の福祉施設は全国に四千を超え多くの人たちが恩恵を受けている事実を見ますと、一人の人間の可能性は無限大であると勇気づけられます。
いばら路と知りてささげし身にしあれば
いかで撓まん撓むべきかは
(苦難の道と分かって捧げたこの身であるから、
どうして挫けることなどできよう。
挫けるわけにはいかない)
彼女が最晩年の81歳の時に残した短歌です。
壮絶だったからこそ魂が磨き高められた美しい彼女の一生がここに凝縮されています。